登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。登山ガイド・登山教室講師・山岳ライターなど山の「何でも屋」です。登山歴は30年以上、ガイド歴は10年以上。得意分野は読図(等高線フェチ)、チカラを入れているのは安全啓蒙(事故防止・ファーストエイド)。山と人をつなぐ架け橋をめざして活動しています。 公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅠ 総合旅行業務取扱管理者
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新緑まぶしい南高尾山稜を、大人顔負けの、むしろ大人より軽快な足取りで駆け抜ける子供たち。今や老若男女の幅広い層が楽しむトレイルランニングですが、子供と大人がグループで走る光景は比較的めずらしいのではないでしょうか。
彼らは“子供と大人が山で共に学び合う”ことをモットーに掲げるジュニアトレイルランニングクラブ『武蔵PRONGHORN』のメンバーです。同クラブはこの度、ココヘリがTHE NORTH FACEをはじめとする多くの企業・組織と共に青少年の安全登山を支援する活動「ONE FOR FUTURE」のサポートを受けることに。
今回は『武蔵PRONGHORN』の創設メンバーであり事務局長を務める新井信行さんに、子供たちとトレイルランニングを楽しむ活動を始めたきっかけや、未来の担い手である子供たちへの想いを伺いました。
2019年から活動を開始した『武蔵PRONGHORN』。同クラブを立ち上げたきっかけは、新井さんが感じた“子供たちが山に行く機会づくりの必要性”でした。
新井さん:プロトレイルランナー・宮地藤雄さんが主催のジュニアトレイルランの大会が各地で開催されているのですが、そこに参加していく中で各々が声をかけ合い繋がった仲間です。同世代で山を走る子供たちがいるということでメンバーが増えていきました。
今、大人たちがトレランのグループを作ったり自主練を合同で行うのはSNSを通じて繋がったり、大会やイベントの中で知り合うことで比較的容易です。けれども子供たちにはそうしたグループでの活動や仲間づくりの機会はほとんどないのが現状です。
親がトレイルランニングをやっていれば山には一緒に連れていけるのですが、親子だけの活動で完結してしまえば子供同士の繋がりは広がりません。そこで大人同士が繋がりながら子供たちの山仲間を増やしてあげようと立ち上げたのが『武蔵PRONGHORN』です(*)。
*発足当時は『秩父PRONGHORN』でした。
新井さん:メンバーの親御さんの中には100マイルレースをはじめ、幾多の過酷なレースに参戦されている方から、様々な山に登られている方まで桁違いの走力と経験・知識をお持ちのいわば“猛者”ぞろいです。
そうした方々が我が子も含めた次世代の子供たちに向ける眼差しや想いはやはり熱いものがあります。そんなメンバーの想いや自発的な自主練を取りまとめたり、参加する親子たちをスムーズに結びつけるのが私の役目でしょうか(私自身は走力も経験値も低いですからあくまで縁の下です)。
『武蔵PRONGHORN』が発足する前から親同士の繋がりがあった子供もいます。その頃はまだ小さくて走れなかったけれども成長して走れるようになった今、一緒に走る機会を創り出すのも私の役目ですね。
メンバーの走力によってハイキング感覚の練習の時もあれば、長距離を本格的に走る時もある。『武蔵PRONGHORN』って何?という質問には「色々です」という言葉に尽きます。様々な場を通じて子供たちに何をしてあげられるか……それをずっと模索しています。
新井さん:山でよその子の面倒を見たり、成長を我が子のように見守るのが好き。そんなお節介好きが多く集まっているのが『武蔵PRONGHORN』ですが、それが山にほど近い地域ではなく、埼玉でも東京でも都市部に居住していた…振り返ればなんとも奇跡的で運命的なご縁で結ばれたと感じています。
通っている学校も学年も違う子が集まって活動してるということは保護者同士も同じく「山」という共通項の中で活動しているわけですから、自然と「大人も子供と共に学んでいる」んですよね。
山のことはもちろんですが、年長の子供を持つ親が実感する成長過程やいわゆる「親離れ」を先取りして聞くこともできます。これによって自分の子供が実際に成長した時に「うちだけじゃなかったんだ」と、孤立感を抱かずに子供を見守ることができるのではないでしょうか。まさに山のパパ友・ママ友ですね。
新井さん:活動開始当初は単に共通の目的を持った親子の繋がりだったのが、次第にお互いの子の成長を見守りながら悲喜こもごもを分かち合うクラブに変わってきたなぁと実感しています。
『武蔵PRONGHORN』が活動を始めて約3年。その内容は、時を経ると共にどんどん充実しているようです。
新井さん:『武蔵PRONGHORN』を大きな樹木と例えると、まず太い幹の部分が「Jr.練」。活動の中心です。なにしろ、ここで知り合い、みんなで和気あいあいワイワイガヤガヤと集う場です。
そして、ここから伸びた枝になるのが競技志向の「Z(eta)クラス」、女性や低学年を中心にした「maunaクラス」です。どちらもそれぞれの使命感を持ってリーダーたちが奔走しています。
そして、これらを支える根っこの部分としてプロングホーンを複数形にした「Pronghorns」はココヘリをはじめ、アスリートや各団体とのコラボ、分野別の学び・スキルアップの場、その中で世代間のコミュニケーションの輪を広げるなど、全体を包み込む役割を担います。
*当日はココヘリを運営するAUTHENTIC JAPAN 株式会社のスタッフであり、登山ガイド資格を持つ清水による地図読みの座学講習会をMt.TAKAO BASE CAMPにて開催
新井さん:親子でトレイルランニングを楽しむクラブとして『武蔵PRONGHORN』を始めた当初は、同じコンセプトのクラブが複数生まれて交流もできると思っていたのですが、意外と無かった。今のところは唯一無二の存在という自覚を持って、活動をもっと充実させて行きたいです。そのためにも今回のご縁を通じて、ココヘリとも様々なコラボレーションを実現したいですね。
新井さん:いつか子供たちが成長して自分たちだけで山に行く時に、ここで身に付けた知識・技術が糧になると思っています。今回は地図読みでしたが、これからもコラボを主にした「Pronghorns」のメニューを充実させたり、一回ポッキリのイベントではなくシリーズとして、繰り返し開催して行きたいですね。
例えば「Pronghorns」で学んだ子供が「Jr練」に参加した時に、地図・コンパス・ココヘリなど安全登山の知識やアイテムの重要性を他のメンバーに伝えていく……
そんな波及効果も狙っています。
新井さん:大人にとっても貴重な学びの場が座学です。自分はそこで、講師の解説を噛み砕いて子供たちにも理解できるように、頭をひねっています。座学が大人向けの報道番組だとすると、子供向けのニュース番組の解説者的な役割でしょうか。
ところでPronghorn(プロングホーン)とは、主に北米に棲息する哺乳類・偶蹄目の動物。同クラブのロゴマークにもなっているPronghornにも、新井さんの子供たちへの想いが込められていました。
新井さん:「世界で一番足の早い動物は?」と聴くと「チーター!」と言う答えが返ってきます。けれども二番目って、意外と誰も知らないものです。山の高さなども同じですが、多くの人は一番しか覚えていないないものです。
実はPronghornはチーターに次ぐ二番目の俊足、しかも持久力はチーター以上で、その俊足を維持して長距離を走ることができるんです。TV番組「チコちゃんに叱られる!」で知ったのですが…(笑)一番になれなくても、一番に負けない良いところを誰でも持っている……そんなことを子供に伝えたいと思って、クラブ名にしました。
この新井さんのスタンスは、当日座学だけでなくランニング中も様々な場面で垣間見ることができました。ここでは、そんな新井さんの想いをご紹介します。
新井さん:講習会に出てきた言葉をいったん分解して噛み砕いて考えることってすごく効果的なんですよ。山・上・下から成り立つ「峠」という言葉の意味。これを実際の景色と照らし合わせることで、より肌感覚で身に付けてもらえるんです。
他にも今日は、山と神様を数える単位は同じ「座」であるという話をしました。これも私たちが活動している山は“神様が座する場所”であることを知ってもらうためです。山に行くことに物語性や神話性を持たせて、山に対して畏怖の念や自然に対する慈しみの気持ちを抱いてもらう。そうすれば、自ずと山でのマナーも身に付くはずですからね。
古くから山岳信仰が生活に根ざしている日本だからこそ、文学・芸術作品にも山や神様が多く登場します。走るための技術は他のメンバーからも十分に学ぶことが可能なクラブだからこそ、私は子供たちが文化に親しむきっかけなども与える立場でありたいです。
新井さん:大人から一方的にインプットするだけでなく、子供たちが他のメンバーの前で自分の言葉でアウトプットすることは、社会に出てからも役立ちます。
言葉の引き出しを多く持っていると、周りの友達や大人に自分の気持ちを的確に伝えられると思います。それは私自身の反省の念もあるのですが、大人になってから身に着けることは難しいと感じてます。子供たちには山にまつわる用語に関心を持ちながら言葉に対する興味や相手に気持ちを伝える大切さを感じて欲しいと思い、そんな発表の場を設けてみました。
『武蔵PRONGHORN』での活動を通じてトレイルランニングというスポーツを楽しむだけでなく、社会性まで身に付けてもらえたら嬉しいですね。
当日は若手ランナーの服部一輝さんもイベントに参加。子供たちの先頭を走り、頼もしくリードしてくれました。「Pronghorns」の大きなテーマのひとつが、こうした世代間コミュニケーション。そこには、どんどん成長していく子供たちに少しでも永く『武蔵PRONGHORN』という居場所に居続けて欲しいという新井さんの想いも込められていました。
新井さん:彼は日本スカイランニンング協会のナショナルチームメンバーにも選ばれたりとすごい経歴も持っているのですが、同時にまだ22歳の若者なんです。
子供って思春期・反抗期を迎える頃になると、親の言うことを聞かなくなったり、一緒に行動したがらなくなるじゃないですか。服部さんのような比較的子供たちと年齢の近いアニキ的な存在の人とコラボレーションすることで、そんな時期を迎えた子供たちでも興味をしめすような環境づくりをしたいと思います。
新井さん:中高生ともなると、走力で親は到底ついていけない。彼らにとって、もはや親は練習相手にならない。でも最前線で活躍中のアニキからなら何かを学びたい!そこを繋いであげると親と一緒に山に行くんです。
新井さん:見たいですね!中高生になったメンバーの多くは陸上部に所属しますが、我々はそんな頭の中が陸上競技一色の子がふと山に行きたくなった時のステージを整えておきたいと思ってます。
私の息子はまさに中学3年の陸上部ですが彼曰く「陸上9割・トレイル1割」というスタンスです。そのひたむきな気持ちを全面的に応援する一方で、1割のフィールドに入ったときにしっかりと居場所を整えておいてやろうという思いです。
イベント終了後には、ココヘリを代表して地図読み講習のガイドも行った清水より『武蔵PRONGHORN』へ「ONE FOR FUTURE」のサポートの一環として寄付金を贈呈させて頂きました。
新井さん:「ONE FOR FUTTURE」の活動趣旨は、私たち『武蔵PRONGHORN』も志が一緒です。寄付金は、いの一番にココヘリとのパートナーシップの証として、ココヘリのロゴと“ONE FOR FUTURE”のメッセージを入れたチームフラッグを製作しました。残りはメンバーと相談しながら大切に、子供たちのためになる使途で活かせたらなと思っています。
将来的には、子供たちが山を未来に渡って楽しむための環境整備に役立つ慈善活動などにも活用していきたいと考えています。
ココヘリとMt.TAKAO BASE CAMPの安心安全に向けたコラボレーション「TAKAO SAFETY PROJECT」の一環として、『武蔵PRONGHORN』のイベント内で説明・体験会も実施してもらいました。これをきっかけにメンバーの意識も向上して、ココヘリへの加入者も増えています。
安全に山を楽しむシンボルとして、このチームフラッグのもと、子供たちが成長してほしいと願います。
新井さん:今日のようにココヘリや次世代の育成に高い意識のある若手の方とのコラボも積極的に取り組んでいきたい。
でも、私たちのベースはあくまで「自分の子、よその子を問わず、子供たちの成長を皆で見守る大人たち」にあります。ここが原点。ですから、いつまでも自主練を通じて「子供と大人が山で共に学ぶ」クラブであり続けたいと思います。
そうして『武蔵PRONGHORN』で過ごした時間が子供たちの将来の原動力となり、成長した子供たちが再び『武蔵PRONGHORN』という場所で次の世代の面倒を見る……そんなクラブになれたら。私の夢です。